ラベル 思考 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 思考 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2009/12/23

京都③

さて、京都のエントリが止まっていたので復活させます。
②では次は大覚寺なんて抜かしているけれど、ちょっともう、そんなに細かく記すのは大変なので、
かんたんな振り返りとどうしても語りたいところだけ。

1日目の続きは、大覚寺ののち天竜寺へ。
どちらもすごい絶妙な手入れで自然なんだけど美しい。植物たちをただ放っておくと草ボーボーで荒れるだけなのであの塩梅はほんとうにすごいと思う。

そして、夜は街の喧噪を避けて阪急線で伏見桃山まで。
酒蔵をぐるぐるして居酒屋をめぐる。酒蔵を改造してつくった居酒屋の日本酒はとろりと甘くはじける炭酸がおいしかった!


2日目はゆったり街中プラン。
モリカゲシャツでお買い物をし、歩いて青蓮院門跡まで。
結構な距離を歩き、途中は腰のまがったおばあちゃんがせっせと調理をするうどん屋さんでお昼。
お汁がたっぷり染みた親子丼はまさしく京都の味。小さくてかわいいお店でした。

青蓮院は、「こんな時代だからこそ公開を」という住職さまの気持ちが伝わる誰しもが
「行ってよかった」と思える参拝の仕組みになっていた。
ただ拝観するだけでなく、ちいさなお札と護摩の紙を頂くことができ、青不動様にお会いする前に、
自分のお願いごとを紙に書いて青不動様にお渡しすることができたのだ。
青不動様が描かれた時から世界は本当に大きく変わってしまったけれど、それでも、人々がお願いごとをする気持ち、
安寧や周りの人の健康を願う気持ちはきっと変わっていないと思う。
そうしたことに気がつけるだけでもほっとするなぁと思った。

その後は、地下鉄に乗って、京都国際マンガミュージアムへ。
お目当てはタムくんの原画の展示だったのだけれどその施設にびっくり。
細部まで考えられてイノベイトされており、建物自体にもきちんと意味を持たせていた。
しかしながら常設の展示にはなんだかだっかり。
ずらりと並ぶマンガの壁と呼ばれる棚はマンガ喫茶のそれとさほど変わらず、ただ置いてあるだけにしかすぎない。
例えば、作家別にするとか、内容をカテゴリーごとにわけるとかそんな工夫がどこにもなかった。
大きな火の鳥のレリーフがあるならば、手塚治虫のマンガがすべて読めるスペースがあってもおかしくはないと思うのだけれどなぁ。
マンガを好きな人は楽しいけれど、マンガを面白いと思っていない人がきたらやっぱり面白くないと思う、そんな施設だと思った。
魅力をつたえるための展示、ハコモノにはやっぱりそれが必要なのではないだろうか。
まずは、スタッフの真っ赤なナイロンの上着から検討してほしい。
(もちろん、タムくんの原画はとーってもすてきでした)

その後は、shinbiまで歩いてタムくんのアニメを見て、ぜんざいを食べて京都駅へ。
それまでは、あんまり人がこないところを選んで廻っていたので京都駅の人の多さにびっくり。
なんとか袋入りの阿闍梨餅をつかみ、お決まりの生麩とちりめん山椒を購入。
柿の葉寿司(駅弁より絶対おいしい)を買って新幹線へ乗り込み京都の旅は無事に終了。
仏像にお庭にお買い物ととーっても贅沢な旅でした。

2009/07/27

小説のなかのセルフ・エステーム

言いたいことや思うことはたくさんあるのだけれど、ブログに到達するには
ごはんもおそうじも持ち帰りの仕事もその他もろもろの時間があるわけでとんとごぶさた。
でも、それって日々を振り返る時間がないってことなのかもれしない。

村上春樹の小説を内田樹先生が絶賛しているのでひじょうに久しぶりに読む。
はじめての『スプートニクの恋人』。(今さらなんでっていうツッコミに答えるならば図書館にあったのがそれくらいだから。)

主人公の愛するすみれが恋をし、働くようになったことで文章がぴたりと書けなくなるところが
ふむふむなんだかわかるなぁと思った。
わたしが、ほんとうに一番自由に文章を書き連ねることができたのは大学生のときで、
ある時から、何を書いても凡庸で、退屈に思えてしまいブログの引っ越しを繰り返した。
あんなに楽しかった洋服を選ぶという行為に頭を悩まされたのも同時期。
働くということ、社会とコミットするということは自分というものの表現方法の転換を迫られること。
そのままでよいぞよ、という人もいればそうじゃないひともいる。
表現方法を変えてもするすると毎日を楽しめる人もいればグレーの風景が広がる人もいる。
みんなそれぞれだけど似たり寄ったりなんじゃないかしら。
するする楽しい毎日なんて逆に薄っぺらいもの。

『スプートニクの恋人』の後に『ティファニーで朝食を』を読んだのだけれど、
結局、みんながみんなティファニーで朝食をとるような安心感を、充実感を、自己肯定感を
さがしているのにと切なくなった。
それを見つけながらも刹那的にならざるをえなかったホリー・ゴライトリーはなんてはかないんだろうか。

2009/03/05

都市の豊かさについて




土日でささっと、なっちゃんが企画しているさんかくギャラリーと母校の卒展に。


人の集う場所に行けば誰かしらに会えるわけで。
それでも、思いもよらなかった人との再会はとっても嬉しかった。
けっして平穏な日々を過ごしてるわけではなかったのでなんとなく引きこもりがちになっていたのですが、
改めようと思った。
人と話していると自分のコンディションがわかるし、だからこそ整えることもできる。
おおよそのことが心がけ次第です。


さんかくギャラリーはもともとは空き店舗だったところを期間限定で貸してもらっているそう。
浜松の中心市街地はどんどん空洞化していて
昔ながらの商店が閉店して若者向けのアパレルのお店になって、
そこがまた閉店するというサイクルに入っている。
豊橋もそんな感じだったなぁ。(写真は豊橋の水上ビルと呼ばれている商店街です)
それをいいとか悪いとか思うことは簡単だけど、
じゃあ何をすると自分にとって心地よいまちになるのだろう?
と考えると困ってしまう。

なーんてことを考えていたらとっても尊敬している桧森さんという方
(もともと浜松の企業に勤めていらっしゃったのですが、今は大学教授をなさっています)
がブログでこんなことをおしゃっていた。


筆者はいまだに、地方都市において中心市街地活性化になぜ税金を投入しなければならないのか理解できない。

コンパクトシティの考え方には賛成だが、それと商業施設やオフィスの集積を進めることとはなんの関係もない。そもそもほんとうに集積が進むのなら、地価が上がって住めなくなるではないか。

首長や行政の担当者の話をよくよく聞いて見ると、どうも本音は「格好つけたい」ということのようだ。筆者の住む市は4月1日から政令指定都市になるが、人 口80万人の町としては中心にろくなオフィスビルもなく、老舗のデパートも倒産したまま空き家になっていて、人もあまり集まってこないのが都会っぽくなく て格好悪いらしい。

高層オフィスビルやデパートがぎっしり建っている姿を想像しているようだが、それは極めて発展途上国的な貧しい発想だ。

市の中心市街地活性化計画には「誰もが市をイメージできる”都市の顔”として、魅力的な都心の存在は欠かせないものである」と書いてある(やっぱり格好つけか)。

もし本当に都市としての風格を整えたいのなら、中心市街地にビルや商業施設などではなく、大型の都市公園をつくるべきだろう。ニューヨークのセントラルパーク、ロンドンのハイドパークやセントジェームスパークなどのように。

中心市街地の真ん中にある広大な、よく手入れされた公園は豊かさの象徴だ。それは単に経済的な豊かさだけでなく、人間としての生活の豊かさ、文化の豊かさを表していて、まさに”都市の顔”にふさわしい施設ではないだろうか。



確かにその通りでどこでお金を使っているかということは、豊かさを決定付けるものではないのだ。
お金の使い方をメディアや権威によって判断してるとするならば豊かと言いがたいけれど、
けっきょくは個々人がどのように捉えているかだと思う。

中心市街地の活性化の話になるとすぐ郊外の大型ショッピングセンターが引き合いに出されるけれど、
ほんとは消費は全体的に減少していて、買い物に対する価値観も変容している。
中心市街地にお店がなくなってしまうことは寂しいことだけれど、
量販店での買い物が当たり前になってしまって、お店の人と仲良くなることがなくなって、
店員さんとのおしゃべりやコミュニケーションを楽しめないことが本当に寂しいことのように思う。

桧森さんの言う公園もあくまで象徴というのがポイント。
いくら保護のためだからと言ってがっちり柵で囲われた自由に出入りできない公園では意味がない。
そこに人が集って、リラックスし、健やかに時を過ごすことができることが大切なのかと。

にしても桧森さんのブログはとっても面白いです。
まちづくり、アートマネジメント、経済、国際情勢、グルメなどなど…
ネタに幅がありユーモラス!
勉強になります。

2008/12/17

本。

BRUTUSを購入。
マガジンハウスの底力を感じる。
今回の特集は「本。
しかも文芸ではなく「自分の生き方を持ち、それを貫いた人の人生を伝える本150冊」というもの。
本のガイドというよりも面白い人のガイドという感じ。
また、その選び方がなんともツボ。じょうずにマーケティングしていると感心する。
白州次郎は酒井順子、白州正子は辛酸なめ子というエッセイはやらしいくらいだ。


さても、一番おどろいて、あっとなったのが、
「2009年のキーパーソン30人を知る本ガイド」という特別付録の
C・レヴィ=ストロースの冒頭の「レヴィ=ストロースは生きている」という一文。
なんと、件の社会人類学者は齢100歳にして世界最高齢の思想家とのこと。
長生き!なんて素晴らしいことなんだろう!
ぼやぼやしないで『悲しき熱帯』を読まねば!


知りたいことがたくさんありすぎで結局つまみ食いに留まってしまい、なんとも中途半端なのはわかっている。
でも、拡散する興味を収束するには読み進めるしかない。

さて、読書読書。

今は河合隼雄先生と中沢新一先生の『ブッタの夢』を読み返しています。
久しぶりに読んだら新しい発見がポロポロと。
世界の見え方なんてどんどん変わっていくのだから一度読んだからもういいやとか、
古いメモがあるからいいやなんてことはそう簡単に言えないのだと痛感。
そして、本を読むということは、人と向き合うことといっしょで最終的には自分と向き合うことなのだとも。

2008/10/27

ブルーノ・ムナーリ展 あの手この手

今日のお昼はnaruへ。
やっぱりおそばがおいしい。
今日は温かい豆乳そばにしました。梅風味でとってもまろやか。ゆばがとろけるおいしさでした。
あと、一緒に行った人の頼んだランチセットに付いていたにんじんとしょうがのごはんがとってもおいしかった。
ごはん党は麺類と共にでもごはんが恋しくなるのである!
たぶんさくらごはんにいためた人参を和えたんだと思うけれど、油を含んだ人参にあまみを感じた。


そうそう、土曜日の午前中は刈谷市美術館で行われていた「ブルーノ・ムナーリ展 あの手この手」へ行ってきました。
10章で構成された展示は展示台やフレームまでにこだわりを感じることができる素敵な展示だった。
特に、駒形克己さんによるデザインの段ボールの展示台がとても素敵で駒形さんの愛を感じた。

内容はと言うと、300点に及ぶ作品のそれぞれにきちんとコンセプトが埋め込まれており、
ものすごい情報量でまだまだ未消化といった感じ。
今でもふとした瞬間にムナーリのことを思い出して、「ああ、あれはこうゆうことか!」なんて考えています。
それでも確かに感じたのは、文字に頼らないコミュニケーションのあり方を考える視点。
「伝える」ということをずーっと突き詰めて考えてきたんだろうなぁということが伺えた。
そして、やさしくもあるシニカルな視点の格好良さ。
もっと良い言葉が見つかればいいのだけれど格好良いというしかない。
最後の展示室でこどものためのワークショップの様子の映像が流れていたのですが、
その細やかな配慮の行き届いた振る舞いに胸をきゅっとつかまれてしまった。
やっぱり、行き着くとろはこどもに何をすべきかなんだなぁとしみじみ思ってしまったのでした。


そして、午後には大学祭にも行ってきました。懐かしい顔ぶれに感動。
みんな変わっていないようで大人になっている!
ここでもまた、人と人のつながりの大切をぐっと感じた。
来年はおばんざいやで出展したいなー。

2008/09/17

体は全部知っている

どうしてどうして、こんなにも考えるのが不得意なのか! と、途中で放棄しそうになりながらも決断をした。
厳選という言葉は、厳しく選ぶということなんだろうけど、選ぶこと自体が厳しいと思った。
大きな悲しみを伴ったけれど時間が味方をしてくれると信じている。
自由を得るということの難しさなのかもしれないなー。

大人になると大概のことを自分で決められるのがとってもうれしい。
大人と子どもの違いは、自覚したときに嬉しいか嬉しくないかかもしれない。
子どもの時はとにかく「自分が子どもである」というハンディが悔しくて仕方なかった。
もちろん、今だって子どもだから悔しい思いをするときが山ほどあるけれど。
そして、それに耐えられなかったといっても過言ではないのだけれど。

抑圧を受けると「あんなこといいな できたらいいな」と考えられなくなってしまう。
自分の都合の良いように視点を絞り、既製のきれいな世界に浸るのに精一杯になってしまう。
避けずにいることができない悲しみや辛さに立ち向かって行こうというところまでエネルギーが回らない。
そんなのは、ただの怠惰なのでもうやめます。

そうそう、よしもとばななさんの公式サイトの日記とQ&Aがとにかくすばらしくて大好き。
淡々とした日々の描写の中にちりばめられた智恵の深み!
特に、8月のQ&Aの一番最初のやりとりがとってもすばらしくて何度も読んだ。
自然化を求めるがために文明や科学が発達してきたというのは一見矛盾しているようでまさしくその通りのように思う。

あと、小説のタイトルにもなっている『体は全部知っている』というのもまさにその通り。
波に流されそうなときも体はメッセージを送ってくれている。体調は決断のヒントになる。
それに目をつぶっていると後で、「あれれ?」となってしまう。
目先のことにつられてごまかしてはだめなんだわ、とあらためてわかったのでした。

2008/08/31

トラベルトリップ

小旅行の後、友人のお誕生日会。
そして、ついに浜北の物件を決め、高校の友人の結婚式の余興についてうちあわせ。
それぞれがとっても楽しく、面白く、ぜんぜん違うタイプの人間の集いなので疲れない。
気持ちが疲れないから体もしんどくない。

意識的にいつもと違うことをすると本当に結果が伴うのでなんだかすごい。
でも、その変化に自分がついていけず、ちょっぴり迷走気味なのでお当て上げー。
まぁ、ちょっぴり時間をかけてみようと思う。



現代思想にまつわる本を読んでいたら、
大学時代のいろいろな映像をたくさんみせてくれた「表象文化論」という授業で
2回にわたりホロコーストをテーマにした授業をした意味がやっとわかった。
ただ人が残虐なかたちでたくさん死んでしまったということだけでなく、
戦後をとらえる思想にとって重要なファクターを如何様に記録するのかという問題の答えだったのだ。
ありがとう、先生。
苦しみながらも見た映像の意味がわかりました。


いろいろ、見通しのつかないことが多いけれど、思わぬ拍子にコトとコトがつながる。
楽しまなければ!

2008/06/23

ブランコ

いろいろと焦りと不安。
総合的に見て甘えたいだけのような気もするのだけれど、きちんと向き合いたい。

ゲオで気まぐれに借りたタムくん(ウィスット・ポンニミット)のブランコというマンガが最高に良かった。
他の命の持つ痛みを自分に移すことができるブランコという少女とその恋人のペアとの物語。
今に満足すればいいんじゃない?という2巻の終わり方にとっても励まされた。


享受するだけでなく表現するところまで行動を移せたら良いのだろうけどなかなか難しい。
でも、表現も選択肢のひとつであって、もしかしたらていねいな生活やパートナーがいればいいのかもしれない。
社会というとんでもなく広い世界も家族という最小の単位から見直せばいいのかもしれない。
マスでなくてもいいと思う。
目を見て話ができる距離にいる人に言葉が伝わるかどうかに尽力しても良いような気もする。
そうしたら、個人として閉じてしまうことはないように思う。

だからこそ、表現方法が見つけられない人はこどもを作るのかもしれないな。
もちろん、表現することと子育てを両立している人はいるのだけれど、選択肢のひとつのような気がする。


そう思ったら大丈夫なような気がした。
あと、孤独も楽しめる工夫をしていこうと思った。

2008/06/14

お味噌汁の味

秋葉原の殺傷事件はなんとも悲しいかたちで生きることを選択した結果なのではないか、と感じた。
もし彼に、テロ以外の突破方法があるとするならば自殺だったのかもしれない。

じつは、もうちょっと違うレベルで似たようなことを考えていたのだ。

わたしは、表現することがとても苦手で、とくにネガティブなことほどうまく伝えられない。
きっと必要なことなのにその感情のジャンルが怒りとか悲しみだったりするならばぐっと飲み込んでしまう。
でも、その飲み込まれたネガティブな感情を自分の中に溜め込むことの方がよっぽど危険であることに気づいた。
だから、なんらかのかたちで発散していかなければならない、というようなこと。

わたしのなんらかの行動で人が傷つくのは嫌だけれど、アプローチすることをやめてはいけないのだ。
それこそが、最終的にテロや自殺に自分を追い込まない方法のように思える。

自分のいる環境が変わっている中で自分自身はどうあるべき?という疑問は尽きない。
でもやっぱり、自分に嘘をついたらそれだけのしわ寄せがくるように思う。

あと、いつも元気でいるのがわたしのナチュラルだけど、
あんまり元気そうにしていると年齢よりも幼く見られ、あんまり真面目に取り合ってくれないので
気をつけていたのですが、まぁそれもいいか、と思った。
とにかく無理せず、自然にいたほうが楽だよね、ということ。

2008/05/13

耳をすまして

うちは山のてっぺんだから夜はほんとうに静か。
それにとっても助けられています。

わたしはおしゃべりするときの声が大きいのですが、
なにかをカバーしたいからなのかもしれない。
きちんとお腹から声が出ている時は程よい声の大きさできちんとした内容でしゃべられているような気がする。

音楽を聞くのも好きだけど、
なーぁんにも音が聞こえないのもすきです。

2008/05/07

動物化とオリーブ世代

GWはこっそりと近所のお茶工場のお手伝い。
なんだかぐったりお疲れモードです。
疲れると何が大変って、車の運転。通勤は片道35キロ。
集中力を持続させるのにものすごく疲れる。楽しんで車の運転をできるようになりたいです。

そんなぐったりした状態で読んでものすごく救われたような気持ちになったのが、
ほぼ日の日本の子ども。
糸井さんと吉本隆明が教育をテーマにお話ししてます。
もやもやっとしていことが妙にすっきり。
「こどもはみんなわかっているんだから、先生は自然でいればよい。」
という言葉がぐっとくる。


あと、すっかりチェックしそびれた東浩紀さんの『思想地図』が思っていたよりもずっと良さそう。
いっそ図書館で購入希望をだしてみようかしら。
そしてヤングアダルトコーナーにおいてほしい。
特に公募論文を読んでみたいなぁ。みんな勉強してるんだよなぁ。
今、わたしの職場周辺にいる人たちにとって思想や批評なんて些末なもの。
そんなものを拠り所にしていることがおかしいような気さえするのでこうゆうものがあるとなんだかほっとしてしまう。

ということで、最近の小さなテーマは動物化する社会とオリーブ世代です。
実は微妙に対になりながら近年ちょこちょことキーワードになっているような気がします。

2008/04/30

ていねいに。

髪の毛を切ったら、今まで初めてというほどに不評。
併せて服装も迷走し、不評。

と、ふさぎ込んでいたら久しぶりの友人からの電話。
何を話すわけでもなく、しかし真剣に談笑。
何年かかけて積み重ねてきた二人の間にちょっとほっとした。


そうそう。
よく図書館で自習する人もいるけれど、どうにもそれができない。
いっつも机にたどり着く前に面白そうな本を見つけて読みふけってしまう。

今日はよしもとばななとパトリス・ジュリアンさんの文通の本に感動!
その道の人にはいまさらなんだろうけど、パトリスさんの生活に重きを置いた思考がとっても素敵。
何か確固たる思考のある人の言葉は時に違和感を感じるけどパトリスさんにはそれがない。
『生活はアート』もはやく読んでみたい。

きちんと著書を読んでいないけれど、パトリスさんの目指すところ…
落ち着いていてお金がかかっているわけではないけれど、感性を満たす贅沢な暮らしというのは、
とっても厳しい世界と表裏一体のような気がする。
マスメディアや資本主義に判断をゆだねないこと。
体の声を無視しないこと。
いつでも自分を点検すること。
そうゆうことってなかなかじょうずにできない。

スローライフがいいわぁ、ルクルーゼがいいわぁ、オーガニックがいいわぁという、
パトリスさんのエッセンスは日本にも溢れているようになったけれど、
みんな、そういったことには苦労しているんではないだろうか。

きちんと暮らす。
もちろんわたしとっても大事なテーマ。

2008/04/21

物語とコマと食欲

よしもとばななさんの新作『サウスポイント』がたのしみすぎる。
大好きな作品の続編らしく、とてもわくわく。

小説はあまり読まないのだけれど、
良い小説を読むと影響を受けて自分も創造的になれる気がする。
ちょっとした一節からアイディアをもらうことがよくあります。

また、物語(これはマンガも含まれるんだけど)にでてくるおいしそうな食べ物がたまらなく好き。
岡崎京子さんのマンガはくらくらするほどに過激に性と死と都市と資本主義が描かれているのだけれど、
ちょこちょことでてくるおいしそうな食べ物でほっとしたり、生々しさが増したりしている。
そのバランスがほんとうに素晴らしい。

父の買ってくる雑誌にのっている登山をテーマにしたマンガがとっても面白く、
登山と人生をうまく絡めているストーリーをいつも楽しんでいたのですが、
今回の恋愛を取り入れた話があまりにお粗末でがっかり。
それだけに恋愛で物語を作ることの難しさを思い知った。
だから、少女漫画はおもしろいのかもしれない。

2008/03/20

メディアはマッセージである。



雨の休日。
東京に行こうか行かまいか悩みながら寝たら寝坊。
ぼんやり過ごしそうになったので、午後からはお買い物へとくりだす。

よく服を買っているELEPHANT STONEさんにはずっと良くしてもらっています。
いつ行ってもすてきなものが置いていあるし、わたしの体型や好みを分かってくれるからとっても楽。

メンズの取り扱いが多いからか不思議とアウトドア製品もちょこちょこ取り扱っているので、
本日は、かねてから欲しかったアウトドア用のザックとアウターを購入。
ジャケットは強力撥水仕様なので小雨にも対応できるとのこと。心強いわ!
次はゴアテックスが欲しいけどやっぱりちょっとお高いなぁ。
性能、デザインともに良質のものに出会いたいものです。


***

さて、最近気づいたのは、マーシャル・マクルーハンの影響がじんわりにじみだしているということ。

すべてのメディアは、われわれのすみからすみまで変えてしまう。それらのメディアは、個人的、政治的、経済的、美的、心理的、道徳的、倫理的、社会的な出 来事のすべてに深く浸透しているから、メディアはわれわれのどんな部分にも触れ、影響を及ぼし、変えてしまう。メディアはマッサージである。

という文がとてつもなく好きだった大学時代。
著書は2冊くらい読んだけど難解できちんと理解していたわけではないので、
すっかり頭から抜けてしまったと思っていたけれど、ふとした言葉がマクルーハンの引用だったりします。
大切なことはメディアがどう人間に作用するかということ。
もし、メディアに影響されてわたしたちが形成されているとするならば、
メディアを厳選することは非常に重要な問題。
そう考えるとメディアリテラシーもとってもシンプルなことのように思えるなぁ。

2008/02/06

感謝





どうやって距離を持とうか考えていた某巨大ソーシャルネットワーキングサイトのおかげで
思わぬ人とコミュニケーションができた。
いろんな使い方をしている人がいるけれど、まだまだ道はあるのかもと希望を感じた。

また、そのときにとても率直で温かい言葉をいただけてほんとうに励まされた。
ちょっと過剰反応して、感情的になっていたことにも気づけたのも良かった。


そんなこんなで、友人に送ったメール。

「だめだ!
と思っても誰かが上手に助けてくれる。
最近のわたしはそんな感じです。」


上手に助けること。
実はとっても難しいんじゃないかと思う。
あらゆることをしてくれれば良いわけではなく、
おだてて褒めちぎれば良いわけではない。
でも、それらを当たり前のようにしてくださる方がいてとても救われている。


いろんな機会や出会いをいただけていて、ほんとうに恵まれていると感じている。
みなさまからいただいたきっかけやよろこびや知識やつながり。
それらをどう次に活かすが今後のテーマです。



写真は奈良にいた猫。
うちの猫は茶トラなはずなのにどんどん黒く汚くなってゆき、
最終的には本日「クロ」に改名。

2008/01/01

2008



あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。

2007年は、いろいろな出会いや人との繋がりに感謝する一年となりました。
ほんと、勉強させていただいたという感じです。

そのぶん、自分の未熟さが辛く感じることも多くあったけど、
それもまた原動力になったような。

大学の卒業。
新しい職場。
こどもとのワークショップ。
ワークショップのファシリテーター養成講座。
絵本カーニバルの準備。


今までの小さな積み重ねが、ちょっとずつ形になってきたような気がします。
今年はもっともっと表現の方法を模索していきたいな。


あと、もっと旅行に行って、もっと本を読んで、もっと友達とあそびたい!
みんなよろしくね!

(ちなみに写真は自宅から数十メートル行ったところです。
山のてっぺんってことは伝わったでしょうか?)

2007/12/31

つばき。



大島弓子さんのマンガで
「女の子は椿の花を扱うようにやさしくね」
というような言葉がでてくるのを吉田秋生さんが引用している。
わたしもその言葉が好きなんだけど、
普段の「性というカテゴリーで物事に線を引かない」というスタンスから
全くもって脱線していることに気づく。

自分のことなんて、だれかと一緒にいないと知れないんだなぁと思っていたら
澁澤龍彦先生は「自分を知ったら縮こまって大きなことができなくなる」というようなことを言っていて、
それもそうかと、妙に落ち着く。


(つばきは浄瑠璃寺の垣根)

Label.

Profile.

浜松在住。 社会とこども、人と人をつなぐものとしてのメディアに興味があります。