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2009/03/14

チャロー!



春っぽくなってきたかと思ったらそうでもなくって惑わされの日々。
季節の変わり目は体調管理が難しいです。

冬の寒さがすきなのですが、ここ数年を振り返ると1、2月が体調を崩しやすい時期のよう。
泥のように寝てばっかりになります。
そして、今、3月は体調が良くなり過ごしやすくなる時期なのですが、
あっという間に年度が変わってしまいそうでヒヤヒヤしています。
やりたいこと以上にやらなくてはいけないことが盛りだくさん。



そうそう、大学の図書館で借りた「チャロー!インディア」という森美術館の展覧会のカタログがとってもおもしろかった。
そのテキストによるとインドは90年代以降に急速な経済発展とグローバル化がおこり社会が変容したそう。
つまり、多くの日本人がイメージするようなカレーと牛とヒンドゥー教とサリーだけの国ではなくなっているみたい。
近代化や都市化がもたらす問題が複雑にその歴史、宗教、民族と絡み合っている模様。
ある一点では日本とあんまりかわらないところもあると思う。
日頃、自分たちが享受している情報ってばほんとに偏っているよなぁとつくづく実感。

例えば、『格差の死』という作品は、「1ルピーの給食費を払えないため自殺してしまった女の子の話」と
「インド国内どこへでも1ルピーで電話がかけられるとい う通信会社の広告」
というのが対になっているそう。
社会を知るための切り口としてのアートという存在はほんとに貴重だと感じた。


ちなみに写真はとある世界遺産です。

2009/03/05

都市の豊かさについて




土日でささっと、なっちゃんが企画しているさんかくギャラリーと母校の卒展に。


人の集う場所に行けば誰かしらに会えるわけで。
それでも、思いもよらなかった人との再会はとっても嬉しかった。
けっして平穏な日々を過ごしてるわけではなかったのでなんとなく引きこもりがちになっていたのですが、
改めようと思った。
人と話していると自分のコンディションがわかるし、だからこそ整えることもできる。
おおよそのことが心がけ次第です。


さんかくギャラリーはもともとは空き店舗だったところを期間限定で貸してもらっているそう。
浜松の中心市街地はどんどん空洞化していて
昔ながらの商店が閉店して若者向けのアパレルのお店になって、
そこがまた閉店するというサイクルに入っている。
豊橋もそんな感じだったなぁ。(写真は豊橋の水上ビルと呼ばれている商店街です)
それをいいとか悪いとか思うことは簡単だけど、
じゃあ何をすると自分にとって心地よいまちになるのだろう?
と考えると困ってしまう。

なーんてことを考えていたらとっても尊敬している桧森さんという方
(もともと浜松の企業に勤めていらっしゃったのですが、今は大学教授をなさっています)
がブログでこんなことをおしゃっていた。


筆者はいまだに、地方都市において中心市街地活性化になぜ税金を投入しなければならないのか理解できない。

コンパクトシティの考え方には賛成だが、それと商業施設やオフィスの集積を進めることとはなんの関係もない。そもそもほんとうに集積が進むのなら、地価が上がって住めなくなるではないか。

首長や行政の担当者の話をよくよく聞いて見ると、どうも本音は「格好つけたい」ということのようだ。筆者の住む市は4月1日から政令指定都市になるが、人 口80万人の町としては中心にろくなオフィスビルもなく、老舗のデパートも倒産したまま空き家になっていて、人もあまり集まってこないのが都会っぽくなく て格好悪いらしい。

高層オフィスビルやデパートがぎっしり建っている姿を想像しているようだが、それは極めて発展途上国的な貧しい発想だ。

市の中心市街地活性化計画には「誰もが市をイメージできる”都市の顔”として、魅力的な都心の存在は欠かせないものである」と書いてある(やっぱり格好つけか)。

もし本当に都市としての風格を整えたいのなら、中心市街地にビルや商業施設などではなく、大型の都市公園をつくるべきだろう。ニューヨークのセントラルパーク、ロンドンのハイドパークやセントジェームスパークなどのように。

中心市街地の真ん中にある広大な、よく手入れされた公園は豊かさの象徴だ。それは単に経済的な豊かさだけでなく、人間としての生活の豊かさ、文化の豊かさを表していて、まさに”都市の顔”にふさわしい施設ではないだろうか。



確かにその通りでどこでお金を使っているかということは、豊かさを決定付けるものではないのだ。
お金の使い方をメディアや権威によって判断してるとするならば豊かと言いがたいけれど、
けっきょくは個々人がどのように捉えているかだと思う。

中心市街地の活性化の話になるとすぐ郊外の大型ショッピングセンターが引き合いに出されるけれど、
ほんとは消費は全体的に減少していて、買い物に対する価値観も変容している。
中心市街地にお店がなくなってしまうことは寂しいことだけれど、
量販店での買い物が当たり前になってしまって、お店の人と仲良くなることがなくなって、
店員さんとのおしゃべりやコミュニケーションを楽しめないことが本当に寂しいことのように思う。

桧森さんの言う公園もあくまで象徴というのがポイント。
いくら保護のためだからと言ってがっちり柵で囲われた自由に出入りできない公園では意味がない。
そこに人が集って、リラックスし、健やかに時を過ごすことができることが大切なのかと。

にしても桧森さんのブログはとっても面白いです。
まちづくり、アートマネジメント、経済、国際情勢、グルメなどなど…
ネタに幅がありユーモラス!
勉強になります。

2009/02/03

広島旅行




職場の旅行で初めての広島へ。

厳島神社がうつくしかった!
今度はぜひ泊まりで行って満潮も干潮もみたい。
焼きガキはほんとにほんとにおいしくて、今までで一番おいしいカキだった。

広島の平和記念公園にも行ったのだけれど、どうにもカメラを持つ気持ちになれず。
凄まじい記録写真を撮ったフォトグラファーの覚悟を肌で感じる。
その日はとってもよいお天気にも関わらず、公園や資料館、原爆ドームには
ずんと重いグレーのオーラが漂っていた。
いろいろ思うことがありすぎて消化できない。
歴史をいかに伝えていくのかということ。
でも、悲しい争いは今なお世界中でも起きている。
小さな規模ではごく身近なところでも。
それに境界線なんて引けるのかしら。

そして、広島市現代美術館にて「ネオ・トロピカリア」という展覧会を。
こちらは東京都現代美術館の巡回展だった模様。
ブラジルの展覧会を見る機会がコンスタントにあり、これで3回目。
ひとつの国のアートでも切り口がたくさんあることがわかる。
エリオ・オイチシカというアーティストの作品に強烈なパワーを感じる。
カニバリズムに影響されたということらしいけど、時代に変わらなきゃっていうムードがあったのだろうなぁ。
エルネスト・ネトの作品はやっぱりすき。これはもう思いっきり主観で。
黒い巨大な作品の中に体を埋めたときのここちよさ!本当にしあわせだったー。
彼の作品はおうちにあったらいいのにと自然に思えるのがいいと思う。



広島のこと、もっと知りたいと思う旅だった。
モヤモヤしていることも未消化のままでいて、また行きたい。
もっと考えたい。

2009/01/21

ひとつだけ



あけましておめでとうございます。

なんともあっという間の一年だったような。
特に9月からの4ヶ月は怒濤の展開。
家族から離れて人とのつながりがぐっと濃くなったような気がする。
あと、現状維持で満足なんて逃げはやめてとにかく動いてみようという気持ちになれた。
某大統領ではないけれど「変化」しますよー。

さても、マクロではなくミクロな視点を。
お正月からなんだか生活がだらけてしまっているのを改善しなくては!
きちんと暮らすこと、人にやさしくすること。
当たり前を当たり前に。
呪文のように唱えています。


* * *
インフォメーション。
絵本カーニバルという絵本のイベント絵本カーニバルが開催されています。
ゆったりとした空間でたっぷりと絵本を満喫できます。
ぜひ足を運んでみてください。


PICTURE BOOK CARNIVAL IN NAYUTA 2009
旅する絵本カーニバルinなゆた ゆめをみる街

2000.1.17.SAT–2.8.SUN

浜松市なゆた・浜北 市民ギャラリー
[入場無料 開館時間:10:00–17:00 休館日:月曜日]

主催:財団法人浜松市文化振興財団
後援:浜松市 静岡新聞/静岡放送 中日新聞東海本社 K–MIX FM Haro! ケーブル・ウェンディ
協力:九州大学ユーザーサイエンス機構子どもプロジェクト
企画協力:こどもアートスタジオプロジェクト

  


矢野顕子「ひとつだけ」

2008/11/17

風景ルルル

静岡県立美術館のちょっぴり変わったタイトルの展覧会に行ってきました。
現代アートの展覧会なのですが、学芸員さんの意識の高さが伺える展覧会でした。

照屋勇賢さんのDessert projectという作品に感動。
地球をゼリーとスポンジ・ケーキとガムと砂糖で造形したもの、と言ったらそれまでなんだけれど、ものすごく多くのメッセージが込められていた。
メッセージ、というより問いなのかもしれない。
地球がとっても甘いデザートなのだとしたら夢のよう。
でも、そもそも地球がデザートなのだとしたらメインはどこなのだろうか?
デザートを平らげた後に待っているものは何なのだろうか?
あまくポップな見た目が裏腹なシニカルな視点に裏打ちされているというのが自分の好みのよう。

解説にあるように「断片的で、どことなく軽く、ゆるい」作品たちはじんわりと響いてきて、なんだか自分自身のこれからのことなどをぐるぐると考えてしまった。
美術館に行くということは、普段の生活ではなかなか触れることのできない情報に触れるということ。
影響力はとても大きい。
でも、それで落ち込んだりせずにポジティブにならねばと奮起。


美術館でみた山の景色のうつくしさも記憶にメモメモ。
景色がきちんとうつくしく映る日常に感謝!

2008/10/27

ブルーノ・ムナーリ展 あの手この手

今日のお昼はnaruへ。
やっぱりおそばがおいしい。
今日は温かい豆乳そばにしました。梅風味でとってもまろやか。ゆばがとろけるおいしさでした。
あと、一緒に行った人の頼んだランチセットに付いていたにんじんとしょうがのごはんがとってもおいしかった。
ごはん党は麺類と共にでもごはんが恋しくなるのである!
たぶんさくらごはんにいためた人参を和えたんだと思うけれど、油を含んだ人参にあまみを感じた。


そうそう、土曜日の午前中は刈谷市美術館で行われていた「ブルーノ・ムナーリ展 あの手この手」へ行ってきました。
10章で構成された展示は展示台やフレームまでにこだわりを感じることができる素敵な展示だった。
特に、駒形克己さんによるデザインの段ボールの展示台がとても素敵で駒形さんの愛を感じた。

内容はと言うと、300点に及ぶ作品のそれぞれにきちんとコンセプトが埋め込まれており、
ものすごい情報量でまだまだ未消化といった感じ。
今でもふとした瞬間にムナーリのことを思い出して、「ああ、あれはこうゆうことか!」なんて考えています。
それでも確かに感じたのは、文字に頼らないコミュニケーションのあり方を考える視点。
「伝える」ということをずーっと突き詰めて考えてきたんだろうなぁということが伺えた。
そして、やさしくもあるシニカルな視点の格好良さ。
もっと良い言葉が見つかればいいのだけれど格好良いというしかない。
最後の展示室でこどものためのワークショップの様子の映像が流れていたのですが、
その細やかな配慮の行き届いた振る舞いに胸をきゅっとつかまれてしまった。
やっぱり、行き着くとろはこどもに何をすべきかなんだなぁとしみじみ思ってしまったのでした。


そして、午後には大学祭にも行ってきました。懐かしい顔ぶれに感動。
みんな変わっていないようで大人になっている!
ここでもまた、人と人のつながりの大切をぐっと感じた。
来年はおばんざいやで出展したいなー。

2008/08/13

きみのいるところ×バウハウス

入道雲のスケールの大きさに圧倒される日々。
もくもくうつくしい。

先日、豊田市美術館で見たブラジルの人が撮った写真は雲をわたがしに見立てたものでとってもかわいらしかった。
でも、わたがしの原料となる砂糖はブラジルの北東部の植民地時代の主要産業であり。
労働力のため多くの黒人が連れてこられた歴史的背景があるそう。
あまくふわふわしたわたがしは、ただあまいだけではないのだ。

「ブラジルー日本 きみのいるところ」と題された豊田市美術館の企画展は、
スペースをゆったりとつかったのびのびとした展示が心地よかった。
作品もネガティブなイメージをもたらすものはあまりなく、強いメッセージもマイルドな手段で伝えられていた。
久しぶりに見たエルネスト・ネトはなんだかお花をひっくりがえした様な作品でややセクシーだった。
あと、カーニバルの最中にピンクの巨大なビニールボールを持ち込むというインスタレーションの映像を見て、
これを浜松祭りでやったらどんな感じかしら?と想像してしまった。

その前の日に浜松市美術館の「バウハウス デッサウ展」にも行っていたのだけれど、
そこでは美術の宿題のレポートのためにパネルの文章の丸写しに精を出す中学生に複雑な思い。
バウハウスの芸術を生活に浸透させるための手段としてのデザイン、
そしてその教育の様子の展示は中学生には難易度が高かったのではないだろうか。
会場にも多くのバウハウスの作品が置かれていたが、
バウハウスそのものに対する知識がなければ楽しめない展覧会だったように思う。
よくわからない展覧会に行って、意味も分からずレポートに苦しんでしまったら、
その後また展覧会に行こうという気持ちがなくなってしまうのではないかと心配。
そして、芸術を教育するという難しいことに挑戦したバウハウスの理念とのねじれも生まれているのが残念。

わたし自身もそれほどバウハウスの知識はなかったのでミーハー剥き出しで見てしまいましたが!
それでも何10年も前に考えられた芸術に対する視点が現在にも通じ、わたしにとっては新鮮であったことに感動。
思考を表現することに成功した数少ない例なのかも。


あと、両方のミュージアムショップに置いてあったneaf社の積み木にうっとりでした。
バウスピールで遊びたいよう。

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Profile.

浜松在住。 社会とこども、人と人をつなぐものとしてのメディアに興味があります。