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2009/11/04

内田樹先生の講演

つ、ついに念願の内田樹先生の講演に行ってきました!
職場で大変お世話になっている方にお誘いをいただいて図々しさとミーハーさを丸出しで。
ひじょうに興味深く、楽しいお話で時間が過ぎるのが本当に惜しいものでした。

お話の内容は、最新の文部科学省の高等教育の方針からいつもの教育論へ。
教育に市場原理を持ち込み、学校で学ぶ意義が明確になったとたんに学力が下がってきていること、
勉強せずに良い成績をおさめることをスマートとするひとたちがいること、
むーんと頭を抱えながら聞いてしまう。
話は、学校教育は子どもにとって「なんでここにいるのかよくわからない」ことであり、
「意味がわからない」ことであるけれど、それを自分で考えることの大切さについて考えることが
大切なんだということをおっしゃっているのを聞いてふむふむ自分もそうだったよなぁと思い出した。
そうやって、誰しもが感じる感覚というものを大切にしながら樹先生はお話をするので聞いている人たちは
無条件に自分が肯定されていることを感じる。
だからどんどん聴衆は引き込まれていくし、リラックスできるのだと感じた。
きゅっとしまった大人たちが一つのことを目的に目をきらきらさせている光景を初めて見た。
ものすごいことだ。

私個人としては、「教育とは教えたいから教えるという要求されていないところから始まること」
「学びのメカニズムとは自分には理解できないけどしたいこと」
「教育とはおせっかい」
などといった言葉を聞いて、自分の行動の説明できない部分や自信のない部分を
そのままでいいんだよ、とGOサインをいただいたような気持ちになった。

そして、「大切なのはメンターを見つけるためのセンサーとメンターとなりうる人物をその気にさせるための礼儀正しさ」や、
「生産的で愉快で幸福な生き方ができるように教育はあるべき」
というような言葉は、これからの時代を生き抜く子どもたちには、肌で身に付けて欲しい感覚だと
強く感じた。
私は、他の人とコミュニケーションをとるのが苦手で、嫌だなぁと思ったことはすぐに顔に出るけれど、
なるべく周りの人には嫌な想いをさせずに振る舞いたいと思っている。
言葉にすると恥ずかしいけれどいかに「ハッピーオーラ」を出せるかが重要だとも。
相手を不愉快にさせないこと、居心地の良さを感じさせることができること、
それこそが社会と「コミット」する入り口なのだと勝手に思い込んでいる。
能力や実力がなくても、利益を必要としない人と人との関わりの中では、
自分に素直であること、礼儀正しくあることがやっぱり助けてくれるのである。

さらに講演後、スーさん様の主催する樹先生をお出迎えする会へ。
キャパシティが極小の私には脳がきゅうきゅうと悲鳴をあげるような濃厚な時間でしたが、
とーっても楽しかった!
樹先生は壇上以上にサービス精神が旺盛でやさしくて、細やかな気配りをしてくださいました。
ほんとうに礼儀正しいということは、かた苦しくなく、居心地の良いものだということが伝わる時間でした。
そして、その心地よさがその場にいるすべての人に伝わり、初めて会った人たち同士とは思えない
温かなコミュニケーションが生まれていました。
本当に幸せだなぁと何度も噛み締めました。

誘ってくださった上司にはもちろん、素敵な会の準備をしてくださったスーさん様、
一緒に楽しい時間をすごしてくださった皆様への感謝の気持ちが一杯です。
そして、内田樹先生。ほんとうにありがとうございました。

2007/09/24

怒濤の連休


はー。日記たまちゃった。
実は、パソコンにじっくり座れないほどに細々とした所用が。
特に、金曜日は夏休みをとっていたのだけれど、ぎゅっと密度のつまった一日を過ごせた。


まず、「はままつ好奇心短期大学」へ行き、
大好きなおもちゃ屋さんのシンプリィ・ショップの店長さんである山本真樹さんのお話を聞きに行った。
子連れの方もいらしていて、こんな若輩者がいてもいいのだろうかとそわそわするのも束の間。
山本さんのやわらかいおしゃべりに引き込まれていった。

世界中のおもちゃの需要が減ってきていること、幼稚園の遊具のあり方についてという話は、
山本さんからではないと聞けないお話でとても興味深かった。

話が進むにつれて、山本さんはその場にいる方々にお話を振って、いろんな人の声を汲み取っていった。
そして、気づいたら座談会のように!
なんて柔らかく素敵な人たちの集まりなんだろうか。
普段の生活のなかでは決してお話をできないような方々と自然にお話をすることができてとても嬉しかった。


山本さんは、「手の届くところに良いもの、よい素材があるのは大人の責任」というようなことをおっしゃていた。
ほんとにその通りなんだろうなぁと今後の自分の責任を思い知る。

「こどもは選べない。
自分が生まれる時代も場所も親もあらゆることを。」
というのは目黒実さんの言葉。


幼児が泥でぐちょぐちょになって遊ぶことも、
するどいニードルを使って羊毛遊びをすることも、
危なっかしいような遊びをすることもきっと大切なことなんだろうな、と思った。
わたしにはこどもを守ろうとする「母の視点」というものが確実に欠けているけれど、
こどもの時の遊びのわくわくは確かに覚えている。
あの頃はあらゆることが新鮮で、いろいろなことに真剣だった。
その感じを忘れずにいたい。

ところで、最近の小学生は公園で自分たちより年下の子たちと遊ぼうとしないらしい…。
うーん。妙にしきったりしなかったけか?さみしいことだよ。


会が終わった後、山本さんがご好意でにじみ絵をやらしてくださった。
はじめてやるのでとてもどきどきしたのだけれど、とても楽しかった。
山本さんありがとうございました。
ほんとはもっと黄色をたくさん塗りたかったのはなに深層の表れなのだろうか。



その後、オモヤコーヒーでランチ。
そして、博物館へ。
鴨江から蜆塚とかなり限られた行動範囲で自分の好きなことを存分にできるなんて!
やっぱり大好きだ佐鳴台周辺。

博物館はフリーキュレーターの青木さんとのお話の中で出てきたのと、
たまたま招待券をいただいてのでふらりと。
特別展「中世浜松の信仰」はなかなかわたしの好奇心をくすぐる内容だったしね。

行ってみたらびっくり、浜北や都田に古墳があったんだね。なんで今まで知らなかったんだろうか。
常設展は狭いスペースに太古から現代までのかなりスケールの大きい展示で、展示物も盛りだくさんだった。
ただ、キャプションの色を時代別に変えたりとわかりやすい工夫がしてあっただけに時系列のズレが妙に目立ってしまっていた。
でも、特別展の「中世浜松の信仰」は暗い部屋にお面や掛仏が置いてあって、とても効果的な展示だった。
特に、お面がとても素晴らしかった。


その後は絵本カーニバルのの打ち合わせへ。
運営のほうはそこそこに、頭の中はワークショップのことで一杯。
わくわくをいかに提供するか。感動の種をいかにまくか。



と、そんな感じの休日だった。
読書のペースががくんと落ちているので来週あたりは時間を見繕わねばー。
今更ながら、橋爪大三郎がおもしろい。

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Profile.

浜松在住。 社会とこども、人と人をつなぐものとしてのメディアに興味があります。