2009/02/27

美味しさとは?

気分がすぐれない時にやらないように気をつけていることは、ごはんをないがしろにしないということ。
それは、わたしの個性と言ったらそれまでなのかもしれないけれど、
いいや、テキトーで!
で済ませて、元気になったためしがない。
むしろ、気分がすぐれない時ほど美味しいものの力が絶大に発揮される時で、
体や季節や気分をよーく見極めてものを食べることが大事なように思う。

先日、本屋さんをうろうろしていたら、
「15分でスピードメニュー」とか「はじめてでもカンタン」とか
なんとも味気のないレシピ本が並んでいるのをみて残念に感じてしまった。
基本とかをすっとばしていきなり手抜きはなんだか違う気がするなぁ。
もっと食べ物の旬についてとか食べ物の保存方法とか
美味しさを引き出す加熱方法とかをまとめた本があればいいのに。
そうゆう基本をアレンジしていくことで日常のレシピが生まれると思う。


そして、ぼんやりと考えていたのが「美味しさ」とは何なのかということ。
味覚というものは本当に一瞬で、口の中のものをいれてから時間が経てばどんどんと変わる。
噛めば噛むほどおいしいものもあれば一瞬で溶けたり味わいがなくなるものもある。
考えれば考えるほどに「美味しい」と感じたらそれまでと思えるくらいで捉えるのが難しい。


ミニ検討会の末、
作る側→ピッチャー
食べる側→バッター
美味しさ→ヒッティング
ということに。
ひとそれぞれ、ストライクゾーンの定義が異なり、でもそれがおもしろいよなぁと。


そして、料理をする側というのは温泉の眠る土壌を掘るような気持ちでもある。
きっとここに水源があるはず…と不安にも思いながら調理をし、
そのものを口に運んだ瞬間に「温泉あったわー!」ということが大きな感動。
ときにちょっとぬるすぎるわ、とか、あぁ、温泉っていうか単に土だわってこともさもありなん。
そのスリルが快感のように思う。

しかし、ほんとうにおいしいものを食べたいと舌と耳と目を研ぎすましていれば、
自然と旬のものが口に入るし、
体の様子を見ながら食べることを楽しもうとすれば、
バランスの良い食事になるのでは?とも思う。

マクロビもエッセンスとしては取り入れてはいるけれど、食事「療法」として解釈しているので、
体調がすぐれない時とかお肉料理が続いたときくらいです。
母が厳格なマクロビを実践していたこともあったので今のマクロビのゆるさに首を傾げることもあったのですが、
生活になじんできたってことなんだろうなぁと思っています。
マクロビについてはこちらの対談に共感しましたのでぜひ。


2009/02/25

おくりびと

日々のコントラストが強すぎてすっかりぐったり。

かんたんにまとめると、
父が死にかけているかと勘違いして、落ち込んでいたらたいしたことないことが判明し、
よかったよかったなんて言っていたら飼っていた犬が死んでしまったのだ。

話を聞いてやさしくしてくれる人がいるので「もう、どん底!」という感じにはならないのが救いだけれど、
どうにも気持ちが忙しい。
まぁ、そうゆうときなのかしらと乗り切るしかないですね。
とにかく取り越し苦労に要注意。
現実をそのまま受け止めるようにして勝手にネガティブな編集をしないように心がけよう。


そして、いろんな意味でタイムリーにおくりびとも観てきました。
まさに、父が死にかけているのかと勘違いしているさなかだったのでとっても複雑でしたがとってもよかった!
死というテーマを表現するために涙だけでなく笑いも厳しさも使った豊かさのある映画だと思う。

それでも、ひっかかったのは、主人公が納棺に携わるようになって初めての仕事のシーンでのこと。
それは、死後2週間ほどで発見された独居のお年寄りを納めるというもの。
もちろんその姿がスクリーンに映し出されることはなかったけれど、想像を絶する姿になるのではなかろうか。
主人公は、その匂いや光景に怖気づいて社長に一喝される。
その瞬間、映画館の中にクスクスとした笑いが起こったのがとってもいごこちが悪かったのだ。
確かに、主人公があからさまに鼻をつまみ、目をそむけ、嫌そうにお年寄りの足をもつ様はちょっぴりコミカルだった。
でも、ほんとはこの映画のなかでもいちばん悲しいシーンなのではないかと思う。
死んだことに2週間も気づいてもらえないなんて本当に怖い。
みんな「自分はだいじょうぶ」って安心しているのかもしれないけれど、ほんとに安心できるのかな。
死というものはこんなにも身近にあるのに。
そんな気持ちになってしまった。
でも、とーっても良かったんですけどね!


ほぼ日で糸井重里さん、本木雅弘さん、中沢新一さんの対談が載っているのでそちらもぜひ。



2009/02/16

絵本カーニバルin西小 101年目の旅に出よう!



さて、きょうはお休みということで「絵本カーニバルin西小 101年目の旅に出よう!」のお手伝いにいってきました。

絵本カーニバルというイベントのもともとの母体は九州大学にあるのですが、
他の地域でも巡回して行うことができるようにイベント自体がパッケージングされており、
これまでにも福岡、東京などさまざまな地域で行われているようです。
とっても簡単に説明すると、絵本というあらゆる世代に受け入れられるメディアを通じて、
人と人、地域社会になんらかの良い影響を与えていこうというイベント。
詳しい紹介はこちらを参照に。
今回は今年度100周年を迎えた浜松市立西小学校のPTAの方々が有志で集まって絵本カーニバルを開催することになったようです。

会場は小学校全体を使って7つの場所に、
うみのむこうの町、とりの町、哲学のまち、ことばのない町、不思議な町、ほんとうにたいせつなこと
いったカテゴリーに分けられた絵本がずらりと展示されています。
そのカテゴリーは全部で38。おそらく500冊以上の絵本があるのではないでしょうか。
絵本カーニバルはこれで4回目ですが、はじめて出会うカテゴリーもありとても楽しめました。
また、そこにいるお母さんたちのとっても楽しそうな顔!
とってもアットホームで居心地がよかったです。

また、びっくりしたのがブルーノ・ムナーリの蔵書の多さ。
なゆたで行われていた絵本カーニバルでも驚いたのですが、さらにまた何冊か追加されたようです。
もしかしたら日本で一番多くのブルーノ・ムナーリの絵本を手に取って読めるのは西小なのかも?と思うほどに。
ご都合のつく方はぜひ足を運んでみてはいかがでしょうか。


*一般公開 2月16日(月)〜19日(木)14:30–16:30
      2月18日(水)のみ 9:00–16:30 
浜松市立西小学校 〒432-8024  静岡県浜松市中区鴨江町70-1



以下は面白かった絵本たちをメモとして。

新宮 晋『ことり』
ホイテーマ『しあわせなふくろう』
ブライアン・ワイルドスミス『とり』
エリック・パチュ『大きな空の木』
ブリジット・シンヌ『魔女になりたかった妖精』
ローラ・ユンクヴィスト『せんをたどって』
アン・ジョナス『光の旅 かげの旅』
メリンダ・パイノ『光の星』
トニ・モリソン+スレイド・モリソン『子どもたちに自由を!』
チャーリップ『よかったねネッドくん』

2009/02/14

春一番



ちょっぴり良くないことが起きてしまってダウナーな気分になったのですが、
まぁまだまだ頑張れるでしょう。という客観視で乗り切る。

落ちこみそうになると西原理恵子さんのマンガを読みます。
『上京ものがたり』を読んだらめそめそできないなって思う。
そのまっすぐさと歪んだパワーに最初は戸惑うかもしれないけどわたしはすき。
『毎日かあさん』は今一番あつめたいマンガです。
鈍さと強さをはき違えている人って結構いるとおもうけど、厳密に見ればわかると思う。
敏感だからこそ強くてやさしい。
西原さんは外側はざっくりおおさっぱだけど、内側は繊細。
マンガが厳しくてもとーってもやさしいのだ。


さても欲しいのはアウトプットする能力。
ということで地道にインプットしていきます。

それにしてもどうして一日はあっという間にすぎてしまうのでしょうか!!

2009/02/11

14歳からの社会学

ちょっと前に読んだ本の感想を。

アカデミックな社会学や現代思想はちょっと休憩、なんてことを思っていたらとんでもない良書に遭遇。
宮台真司さんの『14歳からの社会学』。
なんだろう、このかゆいところに手が届く感じ!
あの宮台さんがこども対してどんな言葉を投げかけたいと思っているのか興味がわく。

端的に言うと、そこにはごくごく当たり前のことが書かれていた。
時代に伴って風景が変化し、社会のシステムが変化した中で人との関わり方も変化する。
そんな中で、どうやって自分と他人と向き合っていけば良いのかとってもシンプルな回答が記されていた。

社会学という学問のジャンルは医学や物理学や工学に比べたら人類に対する実質的な影響力は小さいのかもしれない。
けれども、「こんなくだらないことでつまづいちゃうわたしってほんとにくだらないわ!」とか、
「このモヤモヤする感じ、なんだろうって思えば思うほどにモヤモヤする」という
誰もが抱きがちな市井の人々の想いをすくい上げてくれるような気がする。
この想いをずーっと突き詰めて考えてくれた人がいたんだ!とか、
あー、このことはこの言葉をちょっと使うだけですっきりと説明してくれんだ!という喜びがある。

そんな快感をおすそわけするような本だと感じた。

おすすめです。

2009/02/04

こどもに伝えたいこと



こどものためのワークショップファシリテーター養成講座Ⅱというものに参加。
かのこどもの城の岩崎清さんと絵本カーニバルというイベントの総合ディレクターの遠藤綾さんのお話を聞いた。
こどものためにできること、したいこと、
結局はおとなだって楽しめることじゃないといけないんだよなぁと思う。
いつもながらホシノマサハルさんの言葉は真っ当。

そして、「はじめて知る」の難しさ。
こどものはじめてをコーディネイトするという仕事は多くの人の認識以上に大切なのではないかと思う。
森達也さんの本の中で死刑制度の賛否について触れられていたのだけど、
それを読んでふと思ったことは、
死刑制度を支持する人は少なからずハンムラビ法典の影響を受けているのではということ。
「目には目を、歯には歯を」
という強烈な言葉は「やられたらやり返してよい」という意味に受け取られ、
「殺したら殺されてもよい」というふうに等号で結ぶように解釈されているような気がするのだ。
そこにはけっこうおおきなカベがあると思うのだけれどなぁ。
しかし、はじめての罪を罰する方法、償う方法が「やられたらやり返してよい」だとするなら
そのカベもよく見えなくなってしまうかもしれない。
そんなふうに、はじめて知ったときの「そうなんだ!」は大きな印象を与える。
でも、その「そうなんだ!」が何にでも適用されるわけでもない。
些細な要素の違いが大きな違いにもなるし、時代も変わっている。
だから、なるべくよく見て考えなくてはいけないんだよなぁと思う。
前の「知る」がそうだったからと言って次の「知る」がそうなるとは限らないのだ。

ちょっとよく見たり、考えたりすればわかることがほんとはたくさんあるように思う。
わたしも含めてみんな情緒に捕われすぎているように思う。
ほんとのところは「事情は複雑だけど構造がシンプル」なことが多いはず。

そんなことをこどもに伝えられたらと思う。
思考のバリエーションで世界はこんなにも豊かなのだから。



写真は、絵本カーニバルで行われた山本景子さんのワークショップでできた絵本。
けいちゃんのワークショップはどんどんよくなっている。
みんな思っていたのと違う絵本を作ることになってちょっぴり戸惑っていたけれど、
こどもだけでなく、おかあさんもおとうさんも楽しんでいた。

2009/02/03

広島旅行




職場の旅行で初めての広島へ。

厳島神社がうつくしかった!
今度はぜひ泊まりで行って満潮も干潮もみたい。
焼きガキはほんとにほんとにおいしくて、今までで一番おいしいカキだった。

広島の平和記念公園にも行ったのだけれど、どうにもカメラを持つ気持ちになれず。
凄まじい記録写真を撮ったフォトグラファーの覚悟を肌で感じる。
その日はとってもよいお天気にも関わらず、公園や資料館、原爆ドームには
ずんと重いグレーのオーラが漂っていた。
いろいろ思うことがありすぎて消化できない。
歴史をいかに伝えていくのかということ。
でも、悲しい争いは今なお世界中でも起きている。
小さな規模ではごく身近なところでも。
それに境界線なんて引けるのかしら。

そして、広島市現代美術館にて「ネオ・トロピカリア」という展覧会を。
こちらは東京都現代美術館の巡回展だった模様。
ブラジルの展覧会を見る機会がコンスタントにあり、これで3回目。
ひとつの国のアートでも切り口がたくさんあることがわかる。
エリオ・オイチシカというアーティストの作品に強烈なパワーを感じる。
カニバリズムに影響されたということらしいけど、時代に変わらなきゃっていうムードがあったのだろうなぁ。
エルネスト・ネトの作品はやっぱりすき。これはもう思いっきり主観で。
黒い巨大な作品の中に体を埋めたときのここちよさ!本当にしあわせだったー。
彼の作品はおうちにあったらいいのにと自然に思えるのがいいと思う。



広島のこと、もっと知りたいと思う旅だった。
モヤモヤしていることも未消化のままでいて、また行きたい。
もっと考えたい。

Profile.

浜松在住。 社会とこども、人と人をつなぐものとしてのメディアに興味があります。