2008/10/27

ブルーノ・ムナーリ展 あの手この手

今日のお昼はnaruへ。
やっぱりおそばがおいしい。
今日は温かい豆乳そばにしました。梅風味でとってもまろやか。ゆばがとろけるおいしさでした。
あと、一緒に行った人の頼んだランチセットに付いていたにんじんとしょうがのごはんがとってもおいしかった。
ごはん党は麺類と共にでもごはんが恋しくなるのである!
たぶんさくらごはんにいためた人参を和えたんだと思うけれど、油を含んだ人参にあまみを感じた。


そうそう、土曜日の午前中は刈谷市美術館で行われていた「ブルーノ・ムナーリ展 あの手この手」へ行ってきました。
10章で構成された展示は展示台やフレームまでにこだわりを感じることができる素敵な展示だった。
特に、駒形克己さんによるデザインの段ボールの展示台がとても素敵で駒形さんの愛を感じた。

内容はと言うと、300点に及ぶ作品のそれぞれにきちんとコンセプトが埋め込まれており、
ものすごい情報量でまだまだ未消化といった感じ。
今でもふとした瞬間にムナーリのことを思い出して、「ああ、あれはこうゆうことか!」なんて考えています。
それでも確かに感じたのは、文字に頼らないコミュニケーションのあり方を考える視点。
「伝える」ということをずーっと突き詰めて考えてきたんだろうなぁということが伺えた。
そして、やさしくもあるシニカルな視点の格好良さ。
もっと良い言葉が見つかればいいのだけれど格好良いというしかない。
最後の展示室でこどものためのワークショップの様子の映像が流れていたのですが、
その細やかな配慮の行き届いた振る舞いに胸をきゅっとつかまれてしまった。
やっぱり、行き着くとろはこどもに何をすべきかなんだなぁとしみじみ思ってしまったのでした。


そして、午後には大学祭にも行ってきました。懐かしい顔ぶれに感動。
みんな変わっていないようで大人になっている!
ここでもまた、人と人のつながりの大切をぐっと感じた。
来年はおばんざいやで出展したいなー。

2008/10/20

石と花のWS


豊橋で行われたseboneというアートイベントでワークショップをさせていただきました。

ビルの5階、きれいな板張りのフロアに流木と石と植物を置いて、その素材を楽しんでもらうといったワークショップ。
それだけといったらそれだけで、こんなことをやりたいですと関係者の方に話した時は
ちょっと不安そうでしたが、
やってみたら子どもたちは楽しそうに参加してくれました。
無造作に置かれた自然物を手にとり、自由に造形をつくったり、濡れた石を擦りあわせてつくる顔料のようなもので絵を描いたりしていました。

    広いフロアに置かれた自然物たち。



  温泉とのこと!!!!


  この後、どんぐりを拾いにいくという素敵な親子。

  久しぶりのこどもとのふれあいはとってもたのしかった!


自然物で遊ぶということ。
わたしにとっては当たり前のことだったけれど今のこどもたちはどうなんだろう?
道ばたに落ちている石ころだって、くすんだ色の雑草だって工夫次第でとってもたのしい遊びになる。
そんなことがぼんやりとでも良いので伝わればいいなぁ。
また、自然物を組み合わせるということは、上手いヘタという観点から逃れることができるのがよくわかった。
紙とペンをひょいっと渡されて、「すきなものを書いてごらん」と言われて、
わーいと喜ぶ子もいれば、拷問に感じる子もいる。
けれど、「流木や石を組み合わせてすきなものをつくってごらん」と言うと、
戸惑いながらも自分が納得できるものをつくろうとする。
そんなことがよくわかったのは今回のワークショップの大きな収穫。

また、新たな工夫を加えてやってみたいです。
関係者の方々、相談に乗ってくれた人たち、ほんとうにありがとうございました。

2008/10/06

廃校を再生




わたしの母校は4年前に廃校になったのですが、そこの利活用ということで市や市民によってイベントが行われた。
アート作品の展覧会と懇談会、コンサートという3つの内容で、展覧会と懇談会のみ拝見してきた。
ちょうど、廃校の利活用について興味があって、むしろ自分も関わってみたいと思っていたので、
自分ならどの視点で切り込むかということを考えながらみてきた。

展覧会ついては、単純に地元で絵を描いている人がこんなにもたくさんにいるんだ、ということに感動。
ただ、中学校が区役所の移動のための臨時の書類の置き場になっていたので使える教室が限られており、窮屈な感じだった。
もっと空間の持つノスタルジックさと素朴さが活かされればいいのにと思った。

どうして廃校になった中学校の校舎でアート作品の展示を行うのか?
ただ、空きスペースが寂しいから絵で華やかさをだそうというのでは「展示」を行ったことにはならない。
研究することや分類することで価値を生むことで展示になるように思う。

懇談会では、廃校すなわち悲しいことという公式が当たり前のように使われており違和感があった。
悲しんでいても現状は把握できない。
現状を把握し、問題意識を持ってこそ廃校だって再生できるだろうに。
学校という地域のコミュニティに親和性のある場所がどのように活用されるかは、
やはり地域のひとたちに喜ばれるものであってほしい。
近所の人がおしゃべりしたり、ごはんを食べたり、本を読んだりできるところ。
そこに園児や児童がいたらたのしいのになぁとぼんやり思った。



*メモ*
まわりの人と人のつながりがどんどん濃密になっているのが面白い。
行動は地味だけれど、瑣末なことからじっくりとお話しして一人一人と仲良くなるスタンスの成果ができたのかも。
みなさん、年齢が離れていてもとっても親切にしてくれて、コムスメの言葉も誠実に受け止めてくれる。
人との出逢いにはめぐまれているなぁとつくづく思う。

2008/09/24

リンク×リンク

すてきなものに出会えたのでちょっぴり紹介。

レゴブロックに代わるような新しいおもちゃです。
ジョイントとパーツをプチプチとはめていくのが面白い!
レゴのように垂直な広がりのみならずナナメにも広がるのが立体を捉える眼を鍛えてくれそう。
佐鳴台にあるおもちゃ屋さんのシンプリィ・ショップさんで体験させていただきました。
自分でも欲しいけれど、ちょっとしたプレゼントにも向いているかも!
公式サイトでみんなの作品をみられるのですが、発想の自由さに唸ってしまいます。
こちらをぜひ御覧下さい。


新しくできたお蕎麦屋さん。
第一通り駅から1、2分のところにある雑居ビルの2階。
おしゃれだけど、力が入りすぎない空間がなごむ!なじむ!
敬愛する先輩さちさんの作品が明るい雰囲気をつくっていました。
また、店主の石田さんとはたまたま1回だけおしゃべりしたことがあったのですが、
その時のことも覚えていてくださってうれしかった!
せいろのクルミだれをいただいたのですが、
お蕎麦の風味の良さにびっくり。今までで一番おいしいお蕎麦でした。
クルミだれも好みのお味で大切にいただこうと思える味。
蕎麦湯との相性もばっちりでしあわせたっぷりでした。

詳しい様子はこちらを参考に!


最近は、人との結びつきを強く感じる日々。
いろんな人がいろんな方向から優しくしてくれるので感謝しっぱなしです。


2008/09/17

体は全部知っている

どうしてどうして、こんなにも考えるのが不得意なのか! と、途中で放棄しそうになりながらも決断をした。
厳選という言葉は、厳しく選ぶということなんだろうけど、選ぶこと自体が厳しいと思った。
大きな悲しみを伴ったけれど時間が味方をしてくれると信じている。
自由を得るということの難しさなのかもしれないなー。

大人になると大概のことを自分で決められるのがとってもうれしい。
大人と子どもの違いは、自覚したときに嬉しいか嬉しくないかかもしれない。
子どもの時はとにかく「自分が子どもである」というハンディが悔しくて仕方なかった。
もちろん、今だって子どもだから悔しい思いをするときが山ほどあるけれど。
そして、それに耐えられなかったといっても過言ではないのだけれど。

抑圧を受けると「あんなこといいな できたらいいな」と考えられなくなってしまう。
自分の都合の良いように視点を絞り、既製のきれいな世界に浸るのに精一杯になってしまう。
避けずにいることができない悲しみや辛さに立ち向かって行こうというところまでエネルギーが回らない。
そんなのは、ただの怠惰なのでもうやめます。

そうそう、よしもとばななさんの公式サイトの日記とQ&Aがとにかくすばらしくて大好き。
淡々とした日々の描写の中にちりばめられた智恵の深み!
特に、8月のQ&Aの一番最初のやりとりがとってもすばらしくて何度も読んだ。
自然化を求めるがために文明や科学が発達してきたというのは一見矛盾しているようでまさしくその通りのように思う。

あと、小説のタイトルにもなっている『体は全部知っている』というのもまさにその通り。
波に流されそうなときも体はメッセージを送ってくれている。体調は決断のヒントになる。
それに目をつぶっていると後で、「あれれ?」となってしまう。
目先のことにつられてごまかしてはだめなんだわ、とあらためてわかったのでした。

Profile.

浜松在住。 社会とこども、人と人をつなぐものとしてのメディアに興味があります。