立ち位置なんてせせこましいことを考えているのがいけないんだろう。
でも、考えてしまう。
じゃあ、どうればいい?
川上未映子の『ヘヴン』を読了後そんなことを考えてしまった。
みんな微妙に違い、微妙な違いと同じ点をもとにグルーピングし、ジャンル分けし、自分ってもものの説明をしてるんだろうか。
いーっぱい見えてしまうのだ。
例えば髪型、服装、喋り方、食べ方、ありとあらゆる人間の「振る舞い」からその人との表わしたいところが。
でも、その記号的な情報では「感情」はわからない。
それが、キーな気がする。
この人って、こんな感じの人なんだわという具合に予想したところでそれはわたしの頭の中のその人でしかなくて、その人が何を考えているのかなんてわかりやしない。
だからズレるんだろうし、だから距離がうまれ、言葉に詰まるのだろう。
小説はもっとずっと切り込んだ善悪とそれに立ち向かう少女の正しさ、かたくなさ。少年のとまどい。
そして、世界というものの世界観。
そんな小説だった。といってもものすごくわかりにくいのだけれど。
でも、そこで明らかになったのは、苛めを悪とするための苛めている側に対するロジックなんてないのだ。
言った者勝ち。やったもの勝ち。そんなうっすぺらなものがとっても強いのだということ。
最後の50ページは胸が苦しくてたまらなかった。
そんな小説だった。
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